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富岡製糸場の見学が素晴らしかった

まだ訪問したことがなかった,国宝だらけの富岡製糸場へ.入場料が1000円,ガイドツアーが200円で,十二分に価値があるので,行かないのは勿体ない.特に,フランス式繰糸器の実演は必見で,説明が実に興味深く,とても勉強になった.それについては後ほど.

上信電鉄で,高崎駅から上州富岡駅へ.約40分.上州富岡駅から徒歩で約10分.土・日・祝日などは周遊バスが走っているらしい.

上信電鉄で富岡製糸場に行くなら,富岡製糸場見学往復割引乗車券がとてもお得だ.その存在すら知らなかったが,駅の券売機にあったので購入した.500円くらい安くなっているはず.

早歩きというか,競歩並に頑張って歩いて,富岡製糸場に到着して,ガイドツアーに参加したいですと伝えて,何とかギリギリ間に合った.お富ちゃんが出迎えてくれる.

製糸場入口正面の建物が東置繭所.長さが104mにもおよぶ巨大な繭倉庫だ.レンガ造りの建物で,国宝に指定されている.入口の上には「明治五年」と記されている.

この東置繭所が建造された当時,日本国内にはレンガがなかった.もちろん製造技術もない.このため,レンガを焼くのに瓦を焼いていた設備を使ったらしい.ただ,温度が低く,レンガの色がやや薄い橙色になったそうだ.

東置繭所の2階が繭の保管場所で,1階は事務所などとして使われていたらしい.

繰糸所(繰糸工場)も国宝だ.長さ約140mの巨大な工場で,創設時にフランスから導入した金属製の繰糸器300釜が設置されている.圧巻だ.

元々,日本の生糸は品質も良くはなかったらしいが,日本の「改善」の本領発揮で,世界一の生糸の生産・輸出国となった.

富岡製糸場の建設はフランス人指導者ポール・ブリュナの計画書をもとに1871(明治4)年から始まり,翌1872(明治5)年には主な建造物が完成し,操業が開始された.

そのブリュナが家族とともに過ごした首長館はとても立派な建物だ.外国人技術者がいかに優遇されていたかがわかる.ちなみに,ブリュナの年収は時の総理大臣に匹敵するほどだったらしい.

敷地内には大きな寄宿舎も残されている.

富岡製糸場では女子工員がこき使われていたという印象を持っていた.しかし,ここでの働き方にもフランス方式が持ち込まれていて,日曜日は休み,1日の労働時間は7時間45分と決められていて,毎日入浴もできて,衣食住がきちんと提供されていたので,工員の満足度は高かったらしい.

全国から女工が富岡製糸場に集まり,ここで製糸技術を学んだ女工が地元に戻って,地元の製糸場で教師役を務めた.こうして日本は世界一の生糸生産・輸出国になった.それで稼いだ外貨で日本は豊かになった.

まさに,富岡製糸場は日本の産業発展の起点と言える.

製糸場入口正面の東置繭所と対になる西置繭所も国宝だ.こちらは2階に上がることができる.

西置繭所の近くに,ブリュナエンジンの復元機がある.制御工学を学んだ者としては,ガバナーに目が行く.

大満足の富岡製糸場見学だった.

めちゃくちゃお勧めだ.

富岡製糸場では,様々なシルク製品が販売されていた.ネクタイやスカーフなどの他,富岡シルク石鹸が目を引いた.


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