それはもう研究ではない

機械学習を用いて「とにかくモデルの予測・判別性能を上げる」というのは,もはや研究ではない.それは誰かに外注すればいい作業にすぎない.もちろん研究の中で自分でやらないといけない部分はある.しかし,そこに大きな研究価値はないだろう.

性能を上げるために,なぜ性能が上がらないのか,何が問題になっているのか,を考えることには意義がある.そして,見出した問題を解決するための方法を開発することには意義がある.それは研究だ.

ただ,「新しい方法を思い付いた!」と喜んでも,その多くは新規性がない再発見に過ぎない.もちろん,それでは新規性を主張できない.自分以上に賢い人たちがこれまで必死に研究をしてきたのだから,凄い発見を簡単にできるはずがない.自分が思いつくようなことは誰かが先に思いついている.そう考えるのが自然だろう.

再発見にすぎないことに気づかずに自分の成果だと誇示して論文を出すのは恥ずかしいことだ.調査能力のなさを世界に示すことになる.だから,論文調査を徹底的に行わなければならない.

まったく異なる分野で既に知られた方法が,自分の分野での課題解決に役立つことは多い.だから,異分野のことも見ておく必要がある.アンテナを広く張り巡らせておく必要がある.視野の狭い研究は自己満足で終わりやすい.

私自身は,非基礎非応用の研究はしないと決めている.しかし,これを避けられない人は少なくない.

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